おそばの想い出

昨日、ある人がおそばやさんの話をしてくれて
ああ、おそば食べたいなあ。と思った。というのも
岡山にはあまりおそばやさんはない。
東京に行った時に食べるだし汁の濃い色の強烈なたぬきそばとか
家で自分でつくるてんぷらそばとかは最近でも食べます。

思い出に残るおそばは
池袋から数駅乗ったところにあった親戚の家に行くとかならずとってくれるおそば。
てんぷらと一緒に「長寿庵」から出前をとってくれていた。
お汁が関西や中国地方と違って甘みが強く濃い。
薄いのもいいけど、これもまたおいしかった。
麺もコシがあってすごく美味しいのです。
スーパーで売っているゆで麺とは全然違う。

伯母は私がいくとこれでもかこれでもかという位、ご飯攻撃をしてくれた。
田舎から出て来て、一人暮らしをしているのを案じてでしょうね。
出前からはじまり、次から次へといろんなものを
起きている間はお茶も絶やさず、ずっとずっと何かつくってくれ
ずっとお茶のポットを抱え込んで話をしていた。
もう夜が明けますよ....という時間まで。
帰りは駅迄送ってくれ、かならず何か食べ物を持たせてくれた。

もうひとつ心に残るのは
声楽の先生のおうちに行くと、先生がおそばをとって下さった。
あるときは天ぷらを目の前で揚げてくれるおそば屋さんに連れて行って下さった。
ポンと一万円出され、「みんなでご飯食べよう。スーパーで鍋の材料を買って来い」と言われ
えのきやお豆腐、白菜、お肉を買いに走ったこともある。
先生のレッスンは楽しかったけど、怒るとこわい。
私はずっと伴奏をしていたので、先生の横でずっとピアノを弾いていて
先生の喜怒をそばで見たり聴いたりしていた。
「おまえは伴奏!歌いやすいから弾け!」と
たくさんの先輩の伴奏もさせていただいていたが
そのときに多くの曲を知る事ができてよかった。
でも、先生はクラシック以外はあまり好きじゃなく
主に歌曲とオペラのアリアを勉強した。

その頃はちょうどカラオケがお店で歌えるようになったころで
主にお酒を飲むお店に置いてあって、一曲100円出して歌うようなシステムだったと記憶している。
バンド活動もしていたのだが
練習は夜中にしていたように思う。
その後、24時間開いているドーナツ屋さんに行き、珈琲とドーナツで
明け方まで音楽とファッションの話で盛り上がる。
そのバンドではオリジナルの曲だけ演奏して、女性だけのバンドだった。
だから持ち曲が異常に少なく、ライブでは同じ曲を二回演奏したことがある。
ライブのあと、友達が聴きにきてくれたのでまた新宿の街でオール。

若い頃は眠らなくても平気だった。
そして、寝るときは死んだように眠る。12時間以上寝る事もできた。
今は途中でトイレに起きる(笑)し、からだが痛くなる.......

今しかできないこと、ってあるんだな。
学生時代と今ではかなり生活が違うけど
戻りたくはない。
楽しくてもそれなりに、先が見えなくて不安だった。
もどしたいと思う部分は体力と容姿だけかもしれない.....
この経験値は大事にしたい(なんて勝手)

アースウインド&ファイヤーは学生の頃に何度聴き、踊ったことだろう。
あれから数十年経っているんだ。
学生の頃は本当によく踊りに行った。週に一回などというレベルではない位。

クラシックを勉強してたけど、踊る曲、カラオケの曲、バンドの曲
全部音楽だけど、それぞれに違う。
いろんな曲に触れていたから、今弾ける曲の幅が広いと思う。

結局、やったことは何一つ無駄にならないということ。

学生時代のことは先になってよさがわかるから、今悩んでいても、先を楽しみにして欲しい。

今日は指揮のレッスンで大学へ行ったので
なんとなくいろいろ思い出して楽しかった。またね!
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好きな色合いの教室
シニアにも復帰できるといいな〜時々

by erisotto-voce | 2016-02-07 01:10

ホームページは「吉井江里WIX」で検索してください。 岡山市で活動している吉井江里です♪ピアノを弾きながらの歌の講座や合唱指導、講演やライブ等の活動中。2015年3月18日完成の映画「見えないから見えたもの」(盲目の教師、竹内昌彦先生の映画)挿入歌「点字のラブレター」や「ワルツ」を作曲。


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