カテゴリ:回想( 16 )

フルーツ牛乳と銭湯

明治の銭湯向けのフルーツ牛乳(ビン)が販売を終了、というニュースを観た。

パッと頭によぎったのは
学生時代に行ってた銭湯のこと。

大学に受かって寮に入るつもりだったが
抽選にもれたのですぐにその足で学生課が紹介してくれた下宿を訪ねた。
家賃は安い。
部屋もまあまあ広い。ここならグランドピアノも可能かな?
しかしキッチンは超コンパクトだしお風呂がない。
でも、ここで決めないと寮の第二次抽選に受かってしまうので(寮は苦手だったかも)
急いで決めた。
大家さんのいる敷地内の離れということで親も説得しやすかった。

銭湯へははじめていくので抵抗があったけれど
近くて今思えばすごくよかったのだ。
今わざわざ銭湯へ癒されに行く時代でしょう?
当時の入浴の料金はいくらだったかおぼえていないが
学生にとっては高めだったと思う。でも日々のことなので仕方ない。

洗面器にシャンプーとトリートメント、石鹸箱などを入れて
徒歩で。すごく近かったのでまったく湯冷めなし。
コインランドリーがすぐ向かいにあったように記憶。
このあたりをグーグルで見ようと探すけど
住所もよくおぼえていないしまったく景色が違うので不可能で残念。

入浴後にフルーツ牛乳を飲むようなことはなかったけど
時々一人でいくとおかみさんが飲み物をくださった。
私の母と少し感じが似ている女性で毎日通っていると仲良くなった。
ちょっと話してマッサージチェアなんかでくつろいで帰ったことを記憶している。
フルーツ牛乳はりんごの味だったと思う。
ヤクルトなどもあった。

最初はあのあついお湯が苦手でどうやって入ればいいのだろう・・・と思ったが
常連のおばあさんなどに早い時間に教えてもらったような気がする。
水が出ているところもあるので少しそのあたりから入ったのかな。
もうおぼえてないや。

からだの芯からあたたまる。という言葉がぴったりな銭湯だった。
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これは「東京」さんのミルクセーキ。
懐かしい




by erisotto-voce | 2019-03-10 00:34 | 回想

前のアイパッドの写真を整理してたら

今しなくていいんですけど、アイパッドの写真を整理。前に使用してたものですが
音楽がたくさん入っているので解約しないで使っています。
写真は前のがたくさん入ったままなのですが
久しぶりに見てみる

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これも木管のみなさんとのコンサート。
駅長さんの帽子と手袋
何をやったのか思い出せない・・・・

岡フィルの木管のみなさんとのコンサートや
チルドレンライブなどであちこちに行った年もありました。
懐かしいですね〜

今はよく総社の東公民館さんにお声がけいただいています。
年に数回。ありがとうございます。
今年も6月から参りますよ〜

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これは新宿かしら?
10年以上前のこの時期、東京へ視察に行かせてもらいました。
シャンソニエや歌声喫茶などをまわってきたんですけど
今ちゃんと役に立っていますよ。

そうそう、このときは都庁のすぐそばのホテルに泊まりました。
学生時代によく遊んだ新宿ですが
随分様子が変わっていてびっくりしましたね。

夜中まで遊んで終電を逃し
新宿の西口のビルのあたりでみんなで夜を明かして始発で帰ったような思い出。
いい思い出です。




by erisotto-voce | 2019-03-06 23:52 | 回想

ロンド・カプリチョーソ(メンデルスゾーン)

ショパンのポロネーズの1番を弾いた時のことを思い出したら
そういえば学生の時ってどんな曲を勉強したかな?と考えながら寝た。

はじめてのレッスンは恐ろしかった。
何をどうしていっていいのかわからないので
高校の先生にいただいた曲を練習して行った。
高3の時は「受験」と「コンクール」と「期末の実技テスト」に追われていた。
あとは「伴奏」は相変わらずやっていた。
受験でピアノ科を希望していて、そのつもりで課題曲を練習していたけど
どう考えてもピアノ科じゃないよな、やりたいのは合唱のことだ、と気がつき
それでもなんとなくピアノ科を受けるのが当たり前の流れになっていて
困ったんだけど、やっぱり合唱も歌もピアノも・・・・と欲張りで。
教育科というとピアノ科や声楽科に入れなかった人が入るというイメージが強かったけど
自分が勉強したいことをしないとどうするの。高いお金を出して行かせてもらうのに・・・・という思いが
受験の願書を出す少し前に強くなって
いろんな先生に相談したり反対されたりしながら志望の科を変更した。
当然だが夏に発表されていた課題曲を練習していたが
自分に合う曲に変えて、また練習をし直して受験した。

受験は一校のみ。もしもだめだったら発表後に急いで願書を出せば間に合う学校を見つけて
その支度はしておいた。歌の課題曲は違ったのだがピアノは第一志望と同じで🆗だった。
そういう受験のいろいろが終わって
決まって、住むところも決まり
さて次は練習して先生にみてもらえるように整えておかないと。
となった時に
メンデルスゾーンのロンド・カプリチョーソの譜読みをはじめた。
あとは練習曲とバッハと。
私はこのころも今もバッハは好きだけど下手である。

先生はとても厳しかった。
こんな厳しくて課題の多い、練習曲まで全部暗譜をしないといけない
そして新しい曲をいただいたらすごいスピードで譜読みをしないといけないとは
思ってもみなかった。
せっかくたくさん遊ぼうと思ったのに・・・・
でも、若さと追い込まれたものの力は伸びる。
遊びも頑張りながらなんとか乗り切って行った。
だからこの曲を聴くとあの当時の一人暮らしの不安と
音大に行ってみたらみんながすごくてびっくりして落ち込んだことや
いろいろ思い出して。
もう若さはないけど初心に戻れる曲。

Alicia de Larrochaの演奏がすぐに聴けるなんて・・・・
ちょっと音が悪いけど・・・

彼女のスペインものが好き

by erisotto-voce | 2018-11-27 09:11 | 回想

思い出は、、、、

昨夜遅くまで映画を観ていた。
先日田中泯さんの公演を観たのでもう一度「メゾンドヒミコ」を観直していたら
3時になってしまった。
まあ、いい。日曜が休みですもの。
お布団に入って即寝る。最近はすぐに眠れる。うれしい。

6時間弱寝たら目が覚めて
急いで本日の片付けノルマを遂行する。
今日は仏間兼クローゼットの部屋の押し入れの奥深く、上の段のそのまた上にある地袋の書籍の処分。
「吉川英治全集」だ。
重い、多い、という苦行になったがなんとか30数冊を上からおろして
車に乗せて走った。楽器用のカートも積んでいるので最強だ。
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この何万円かした全集は引き取りに最も嫌われるものだと思う。
だけど次の資源化物の回収の日まではかなりある。このまま置いておくわけにはいかない。
だからたとえ一冊が五円であろうと今日行くしかない。
それでまあ、それらの本とほかにもいろいろ出して
ランチのお金ぐらいにはなったので素直にランチへ直行した。

その本の入っている押し入れには私の青春の遺物が入っており
これをどうするか〜と考えていた。
私は当然捨てるつもりでいた。
でも、実際に手にすると捨てられない。これはだめだ、とっておこう、となった。
なんでしょうか?それは。

だから高齢者が捨てることに対して抵抗する気持ちがなんとなくわかってきた。
うーーん。いつかは捨てたい。でも、今はだめ!な感じが
手に取るようにわかった。

だからランチしながらなんとなくいろいろ考えて
まあ、花でも植えようということになり
新しい苗を買いに行った。
先日買ったのをおぼえていてくれた。
今日も彼にお任せした。
だいたいのイメージを伝える。
「朝は陽が当たり、午後からは当たらないところに植えたい」とか
「手入れが楽で虫がつきにくく丈夫なもの」(まあ、みんなそうでしょうね)とか伝えて
並べてみてもらう。
うん。イメージ通り。
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思えば家族が種からまいて育てた多くの苗を12月から世話して
ビオラがずっと元気に咲いてくれた。
ある人は「きっとお父さん、亡くなってもお世話にきてると思うよ」と言われた。
そうかもしれない。未練があるだろうと思う。

アクシスナーフの中庭にお茶のできるお店もできていたので
ゆっくりと自家製ジンジャエールなどを飲む。
何を隠そう、つめたいものを外で飲むことはまずないが
きょうはそんな気分だった。
ゆっくりと語らい、風を感じてよい気分になって帰った。
すごく素敵なお店でいっぺんに好きになった。

さて、捨てられないものとは
、、、、、明日写真に撮ってみよう


by erisotto-voce | 2018-06-03 22:46 | 回想

喫茶東京閉店から三年

あれから三年

三年前の今日
喫茶東京さんが閉店されました。

まだ、どうして!という想いが残っています。

素晴らしい場所でお仕事をさせて頂いたこと
感謝しています。
また、それからもずっと禁酒会館に移りましても歌いにいらしてくださる皆様に心からありがとうと申し上げたいです。
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by erisotto-voce | 2018-04-30 08:20 | 回想

Die schöne Mullerin   F.Schubert

シューベルトの歌曲を聴くたびに、あの夏の合唱団の特訓を思い出す。
先生は毎日シューベルトの

Die schöne Mullerin F.Schubert  美しき水車小屋の娘 などのレコードをかけて下さった。一曲目の「さすらい」が特に耳に残っていて、一生懸命耳でおぼえて歌った。

もちろんドイツ語は難しいので母音などで歌った。
シューベルトの歌曲は本当にいい。
実はその時期は私は家ではジャズを聴いていた。
はじめて聴いたバッハはジャズだった。アレンジされたものから聴いたわけだ。
当時、お店をやっていたのでそこでオープンリールでかけられるジャズが当たり前だった。
いまだにそのオープンリールがまわっている様子、映像で自分の中に残っている。
幼児期や小学生〜中学生ぐらいに触れる音楽、芸術はとっても大事だ。
学校公演で演劇を観たときの熱狂も忘れられない。
大人になっても間に合うからいっぱい体験したいですね。

今日は午前はリビングカルチャーの歌声喫茶講座(禁酒会館)。←一月末からまた新クールで
講座受講を絶賛大募集中です。
午後は天満屋カルチャーのパーソナルレッスン。
どちらも充実したレッスンで、アドバイスしたことがすぐに反映でき、
気持ちよく稽古が進みました。
その後家族を拾ってあるところへ行き、帰ったら眠ってしまいました。
くたくたでした。でも心地よい〜〜〜〜
そして11時に起きて呆然としているところです。

片付けと支度を急がねば。そして夜中ですがうっすらと聴くのは

Die schöne Mullerin !


おやすみなさい

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by erisotto-voce | 2018-01-11 00:23 | 回想

年齢が上とか下とか関係ない

年齢が上とか下とか関係ない

昨夜、練習後に懇親会があり
その後も、数名を誘いBARで雑談。
楽しい1日になりました。

私が一番年上だが、年下のみなさんから学ぶことは多い。
それぞれの話を聞いていると立派だなぁ。それはわたしも見習いたい!と思う参考になることが。自然に身についているのがまたよいね。

ようするに年齢は関係ない。
と、わたしは思う。

年齢がどうであれ
感心しないなぁ、と思うシーンにも出くわす。
せっかくの比較的新しい出会いも
一瞬のうちに崩れてしまうこともある。
ちょっとだけ、言う前に一呼吸するといいかもしれない。
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最近気に入ってるコットン二種。
これは優秀。

by erisotto-voce | 2017-12-03 18:49 | 回想

あの日を忘れない。あの光景を忘れない。

あの日を、あの光景を忘れない、という思い出ってありますか?

私はいくつかありますが

池袋のサンシャインに泊まった時に
部屋の電気を消して、カーテンを開けたら
夜景が美しくて涙が出そうになったこと。
これがとても心に残った光景です。

子育ての時期でした。まだ小学校に上がるかどうかの時。
だから夜景なんて観ることはこの辺りではまずないし
自分の時間もない。

初めて両親に子供達を数泊みてもらって
ミュージカルや歌舞伎、その他を観るために上京しました。
その時に泊まったホテルがサンシャイン。
なんだかここしか空いてなかったのですが、駅から遠くてあ〜あ、と思った。

まあなんとかたどり着き、東急ハンズなんかにも行き、
数日間、しっかりと舞台に触れてきました。
それまでは独身の時には身軽に動けたのに、第一子を産んでから当分はそんな自由な時間は持てなくて。
それでも実家が近くだったし、この頃はもう実家の隣に住むようになったので
両親にはよく子供たちをみてもらって仕事をすることができました。

でも、一人旅なんてとんでもないこと。でもどうしても行きたくて。
そして母は「今じゃないとダメなの?」と言いましたが
「そう、今いかないとダメなの」と言い、旅に出ました。
それからは何度も勝手を許してもらっています。

時々夜景を観に
舞台を、美術館を、街を観に、レッスンや講習会でも
少し遠くへ行くことを楽しみにしています。

でもとにかくやっぱりあの時のホテルの窓からの眺めは忘れられない。
もちろんそれまでの旅の景色や思い出も心にありますが
やっぱりあの時かな。
心の支えになっている。
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by erisotto-voce | 2017-11-28 23:59 | 回想

懐かしい場所へ

仕事が早く終わったのである用事を済ませるためにいつもと違う道を通った。
とは言っても、そこは長い間仕事の行き帰りで通っていた道。
この道を通っていろんなところに出張レッスンに行った。
今からはとてもできないけど、当時ピアノ教室に所属していたので
言われる通りに家を回ってレッスンをしていた。
それも毎週。一ヶ月に約4回ほど各家庭回る。
レッスンしてはお茶をいただき、おしゃべりして、また次のお家へ。
まとめて数件行くので帰りは夜になった。

はじめて出張レッスンに行った時は車ではなく、バスだった。
なぜならば前任の先生がバスだったので引き継ぎで一緒にバスに乗った。
先生は一軒一軒私を連れて行ってくれたけど、22歳の私より年下だったと思うのだ。
そのお教室には数年お世話になったのだが、個性的な教室だった。
でも、電子オルガンを習うことができ、その時にクラシック以外で懐かしい外国の名曲を教えていただいたのが今役に立っている。

その頃によく通った道。広い道だが、気がついたことが2つある。
それは 全然変わってない部分と
すっかり変わってしまった部分。
それらが同居している。

そして、草が生えているところが多いこと。
流行っていて元気なところは草が生えていない。
人の気配もしなくなったところは草が、特にこの夏は伸び放題で、しかもこの暑さでなんとも言えない感じの色をしているのだ。

なんだ、別に普通のことじゃないかと思われるかもしれないけど
それだけ当時の風景が頭の中に焼き付いており、通っただけで当時との相違点を感じるって、人間の記憶力というものや脳はやっぱり面白い。
そして、それは20年以上前のことだから鮮明に脳に刻まれているのではないか?と思う。
残念ながら今から覚えることや観察力は多少ゆるくなっているに違いない。

そうなると、本当はもっともっと過去に出会った風景を見に行きたくなる。
そのすぐ近くを通ることがあっても、どうしてもその路地に足を踏み入れる勇気がないのである。
なぜならば、そんなに昔のことを追うようになってはいけない。人生の最終章に入ってしまうような、そんな思い込みがある。変だけどいつもそう思っている。
だから、小学校時代を過ごしたあのあたりと
もっと前の時期を過ごしたところを通るのは、もう少し先にしようと思っている。

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もう無くなってしまった空間には行けないんだなあ..........

by erisotto-voce | 2016-08-11 00:32 | 回想

コンコーネの日付

高校は私立の女子校で音楽科を受験した。ピアノ科だったが声楽のレッスンもきちんとあって、先生の大きな声にびっくりしながらレッスンを受けていた。
先生は男性だったのですが、とても厳しく、ある時期はコールユーブンゲンやソルフェージュなど、1つでも間違えたらレッスン終了!ということを言われた。
本当に終わるの?ほんのちょっとでも?とあまり本気にしてなかったけど
本当に間違えたらその場でレッスンはストップ。非情にも終わってしまうのです。
だから必死で間違えないように頑張ったと思う。今になって先生の気持ちがよくわかる。ありがたい心から思う。

その頃、コンコーネという練習曲集をしっかり歌っていて
もちろんそれは定期的なテストでも歌うし、入試でも課題曲になった。
私が受けた学科は教育音楽科だったので歌はコンコーネだった。

大人になって先生になって、個人レッスンでコンコーネを使うことも多いが
その曲を終了したら年月日をなんとなく書くようにしていたのでその日付が当然だが、目に入る。
もう三十数年前になるのだ。
じゃあ、いまそれらを上手に歌えるか?というとそうではない。
何度もまた一から練習していても(ピアノだとバッハのインベンションなどですね)
うまくいかないところもあるし、すんなりできるところもある。
でも、昔みたいにまっすぐで若い声は出なくなっている。高音も怪しい。かなり。

日付といえば、もっともっと前にさかのぼって
ピアノのブルグミュラーやバイエル、チェルニーになんとなく日付が入っている。
びっくりするのは
ブルグミュラーは一週間で一曲仕上がっていて、注意書きが何もないことだ。
先生は何も書かれなかった。そして丸だけしてくれた。
本当に弾けてたのか?
うーーん。ざっとは弾けてたかもしれないけど、ブルグミュラーって結構奥が深い。
その時にどの先生に教えてもらってたかは全然おぼえていない。
だから、大学に入ってからとった授業で作曲の先生がブルグミュラーを使ってアナリーゼをしてくださって、やっとちゃんと曲を理解できた感動をおぼえている。
そういえば、その頃にブルグミュラーなど、先生にほんの短いパッセージですらお手本を弾いてもらったことはないように思う。
今思うとちょっとこわいが、自由にのびのびとさせてもらったからいいのかもしれない。
昨今では、インターネットで先生を探してレッスンを受ける場合もあると思う。
自分で探して自分の目で耳で確かめてということだと思う。
それもありですね。

私のお教室にもインターネット経由で来てくださる方も増えていますが
必ず見学や体験をして納得してから入っていただけると嬉しい。
私だけではなく、教室の雰囲気も重要であるので是非とお勧めしてる。
また、それでもどうも合わない場合はよその先生のところをお勧めしている。
それほど音楽のレッスンはデリケート。メンタルな部分も大事に思う。

オヤスミナサイ



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8月中にまた行きたいな
SHOUSE
by erisotto-voce | 2016-08-09 01:47 | 回想

ホームページは「吉井江里WIX」で検索してください。 岡山市で活動している吉井江里です♪ピアノを弾きながらの歌の講座や合唱指導、講演やライブ等の活動中。2015年3月18日完成の映画「見えないから見えたもの」(盲目の教師、竹内昌彦先生の映画)挿入歌「点字のラブレター」や「ワルツ」を作曲。


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